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2008年7月30日 (水)

すみません

週末にはシルエットクイズの答えを発表すると言いながらも、忘れていました。すみません。

さて、今回の表紙のシルエットに採用されたルアーは、MLTのラットン・ラッツです。ネズミの形をした中空フロッグです。

毎日、暑い日が続きますね。こんな炎天下に1日中釣りをしていたら、熱射病やら、熱中症になりかねない。無理は禁物ですよ。さらにこの時期は朝も早いし、夕方遅くまで釣りをしていたらフラフラ。まぁ、最近は1日中釣りをするような人も少ないと思いますが…… 大体の人は昼寝しますよね。いろいろ取材していると、1日中釣りを出来る人は限りなく少ないので助かります。オイラにとっては、取材対象者の体力の低下は労働時間が短くなるので、うれしかったりする。と同時に寂しさも感じる。

とある人が言っていたのだが、釣り人のピークは32歳だと。釣り欲、体力、気力がそのくらいの年齢から、急激に衰え始めるらしい。たとえば、30代の半ばに差しかかろうという人は、会社勤めしている人の場合は、仕事上重要なポストを任せられるような年頃。そりゃ、精神的にも、肉体的にも疲れますね。会社にいる時間も長くなるでしょう。そりゃ、休日はのんびりと寝てたいと思うこともしばしば……

まぁ、これには個人差はありますが、オイラもそのとある人からそういう話を聞いたときから、変に納得する部分も多々あるし、実際に取材をしていて、実感しているのである。

そんなオイラは今年も体力向上に励もうと頭の中ではイメージするのだが、これがなかなか思うように行かず、ボロボロの状態。ビデオの撮影なんか3日間もカメラを回すと、もう何もしたくないくらいに体がボロボロになります。特に右の肩はガキガキに動かなくなる。できることなら、半日にごとに専属トレーナーにマッサージを受けたいくらい。せいぜい、2キロほどのカメラではあるが、1日中構えて、クネクネと泳ぐルアーを撮り続けていると、驚くほどに疲れる。疲れることがわかっていながらも、今年は筋力アップをしようとしていない。

昨年はどうにかしちゃったの? というくらい結構マジメに筋トレをしていたので、今年ほど疲れることはなかった。エンジンも、ボートも、バッテリーも、決して軽くはないのだが、かなりスピーディに運べたし、ちょっとした土手やガケなら、バッテリー両手に持って、ホイホイと運んでいた。でも、今年はダメダメ。

ということで、今年の後半は肉体改造にでも取り組んでみようかな? などと思っているのだが、いつまで続くのかわかりません。かなりスローペースでやるつもりなので、見た目にわかるようになるのは10月に入った頃になるかな? 昨年も目標に掲げたのですが、ひとりでGⅢの12フィートを担げるようになりたい! もう十分にオッサンになってしまったのだが、20代前半の釣り人のペースに合わせて取材できるように精進しようと思う今日この頃なのでR

2008年7月22日 (火)

終了

シルエットクイズは10分ちょっと前に終了しました。たくさんの回答ありがとうございます。

正解者は…… 多分、24日か、25日には釣具店に納品されますので、見てください。いや、買ってくれたらうれしいです

シルエットを見ても、答えがわからないという人のために、週末には答えを発表します

それでは、よろしくお願い致します

2008年7月20日 (日)

あと24時間

シルエットクイズ、あと24時間ほどで〆切とさせていただきます。休日はインターネットやる人が減りますね。さぁ、今回は正解者出るかな? 楽しみですね

2008年7月19日 (土)

9バイト

毎日、暑い日が続きます。そろそろ関東地方も梅雨明け宣言しそうですね。何だかとっても体調悪い感じがして仕方ないのですが、ちょっと最近運動不足だったので、予定通りの体調不良ですね。そろそろ、朝方人間に戻って、健全な生活を取り戻したいと思います。

さて、シルエットクイズの方はボチボチ回答が来ていますね。ありがとうございます。現時点まで9バイトもらいました。夜明けのスキャットなかなか威力を発揮しているようですが、9バイトじゃ、まだまだって感じもします。目指せ! 50バイト。よろしくお願いします

2008年7月18日 (金)

賞品

シルエットクイズの賞品はコチラ080717

2008年7月17日 (木)

予定は未定

賞品の画像はもうしばらくお待ち下さい。ちょっと、予定が狂ってしまったので、バタバタしています。というか、ボロボロです。スミマセン。

それから、告知し忘れましたが、シルエットクイズは1人1回だけのコメントとさせていただきます。よろしくお願いします。

2008年7月16日 (水)

シルエットクイズ開始!

ようやく、次号の編集作業のメドがつき、ちょっと油断しています。さて、シルエットクイズ始めましょうか! 本日から21日午後11時59分まで受け付けます。正解者に差し上げる豪華賞品は今日中、もしくは明日には写真を添えて公開します。ちなみに、正解者が出た時点でクイズは終了。要するに早い者勝ちってことになります。改めて言っておきますが、表紙に使われるルアーはオイラでいくつか候補を出して、デザイナーのヒラヤマユウジ氏に渡します。あくまでも選んでいるのはヒラヤマ氏です。渡したルアーがどこの誰が作っているかということは知りません。今回の表紙のイメージに適したもの? を独断で選んでいます。候補に挙がるルアーはオイラの手元にあるものです。私物もあれば、撮影用の商品もあります。というわけで、よろしくお願いします。

2008年7月15日 (火)

11連休!?

シルエットクイズは、もう少し待ってください。まだ、確定していませんので…… 

もうボチボチ夏休みのシーズンですね。知り合いにはもうすでに夏休みって人もいます。なんと11連休ってウワサです。おいおい、なんだよ11連休って…… まぁ、いまの時期ならどこも空いているから、休み満喫できるだろうね。うらやましい。ちなみにオイラは11連休なんて取ったことないなぁ。できることなら、1カ月くらい休んでみたい。放浪の旅に出かけたい。そんな今日この頃。

けど、自由業のオイラは毎日が休みだし、毎日が仕事なので、仕事とプライベートの区別がない。映像の仕事を本格的に始めた昨年から今年にかけては、ほとんど休みというものは取っていないなぁ。仕事をしていてもまったく進まない日もあるし、ちょっとしか仕事をしてなくても、結構進む日もある。いいのか、悪いのかはわからないが、放浪の旅に出かけても、何かしら仕事に結びつけようと考えてしまうだろうし、仕事をしていても、何かしら遊びにしようと考えてしまう。

だからと言って、別にそれが苦痛なことではない。仕事をしていて苦痛なことは時間に追われるということと、金があまりないということくらい。時間に追われる(〆切迫る)ということは、10数年この仕事をしてきているが、いまだに怖い。追い込まれるたびに、たまには時間に追われない仕事がしたいと思うし、その日のうちに完結する仕事に就きたいと思う。もしくは、次こそは時間に余裕をもって仕事をしようと思うのだが、これがなかなか…… 間違いなくセンスがない証拠である。向いていない証拠だ。けど、何とかなるのだから不思議。

基本的には怠け者なオイラは、仕事なんかしたくはない(みんな同じだと思うけど……)。けど、仕事がおもしろいと感じてしまう瞬間があるから、やってしまうのだろう。確かにメシを喰うため、生活のためというのもあるが、このおもしろいというのが、専門学校の先生が言っていた「ヤクザの世界のようなもの」ということなのかもしれない。いまは、早く一生分稼いで、イチ抜けが目標なのだが、それは当分無理そうなので、地道に(本当はラクしたい)働いてみようと思うし、まだやらなければならないことがある。とりあえず、オイラが必要とされているのかどうかはわからないが、明らかに必要とされていないときが来たら、明らかに感覚がズレてしまったときは、辞めどきと思っている。さて、どうなることでしょうか? トップ堂に奇跡の10周年はやって来るのか? こればっかりは神様にもわからないだろう。

2008年7月14日 (月)

つ、つらい

今日はヤメときます

2008年7月13日 (日)

夏日

今日は暑かったですね。暑くなるとすぐに地球温暖化とか、環境がああだ、こうだ言われるが、実際のところどうなんでしょうね。ゴミどうやって処理しているんですか? リサイクル、実際やっているんですか? トヨタ自動車作りまくってますよ。ユニクロ洋服いっぱい作ってます。両者の製品愛用してますけどね。一般庶民は事実がわからないというのが、本当のところなのでは?

さて、オイラは学生時代、もしくは社会人になり始めて数年。まさか徹夜してでも仕事をするようなことになるとは思ってもいなかった。こんなに仕事に打ち込む(仕事が遅いだけ)とは思ってもいなかった。ではなぜ、そうなってしまったのか? それはわからなーい。自然とそうなってしまったというしかない。仕事が終わらないからやるしかないというのが事実だと思う。でも、一度、徹夜なり、何なりすると慣れてくるんでしょうね。人間は環境に適応する能力がありますから。その適応能力が弱い人は、去って行きます。オイラはたまたま適応しただけだと思います。ただ、会社には適応できなかったから辞めたのかも……

オイラは学生時代はテレビマンに憧れていた。芸能人に会える。まぁ、ミーハーだったのかもしれない。けど、なれず。そんで、コピーライターという仕事があることを知り、それに憧れ、そういう関係の専門学校へと行った。けど、そこではほとんど勉強することもなく。ダラリと過ごす2年間だった。しかし、マスコミ関係に就職は希望していたので、そういう仕事に就くことの心構えなどは、先生から耳がタコになるくらい聞かされた。それは「一度足を踏み入れたら、抜け出せなくなるから」ということだった。それは悪い言い方をすればマスコミはヤクザのような世界だと言うことらしい。学生のオイラにはよく意味はわからなかった。

それで就職。たった1社受けて、あっさりと受かった広告代理店へと入社。不思議なことにオイラはいつも上司? 先輩に恵まれる。それは学生時代にバイトしていたときもそうだった。いつもスナックに飲みに連れて行ってもらい。歌を歌い。スナックのママにウチで働けと言われながらも、2年間飲食店の厨房でバイトした。学生にも関わらず100万くらい貯金があった。別に欲しいものはなかったけど、毎日のようにバイトした。多分、仕事がおもしろかったのだと思う。子供の頃はコックさんにも憧れていたから、そういう仕事は向いていたのだと思う。社員になっちゃえとか言われたりもした。しかし、断って、広告代理店へ……

そこでの上司は、路線が同じだったし、仕事がとてもできる人だった。基本的にはやさしかったが、たまには厳しく叱られた。その会社でもオイラは変人扱いだった。始めてファクスを使ったのもその会社だった。最初は使い方知りませんでした。恥ずかしい。いまどきではないと思うが、お茶酌みをしたり、新人の仕事は雑用が基本だ。広告代理店と言えば、来こえばいいが、扱うものは求人広告ばかりだ。毎日、70件ほどの飛び込み営業。小さな会社であれば社長、ちょっと大きな会社であれば人事部長。飲食店とかなら店長。新卒の世間知らずに、そんな人たちと何が話せるのか? ほとんど何も話せません。冬なんか、いざ、営業に飛び込んだはいいが、寒さで口がかじかんでいて、マジで何も話せなかった。恥ずかしい。

そこでは何の成果もあげることなかった。チラホラ仕事は取ったが、給料以上は稼げた試しはない。そして、さっさと辞めました。次の会社でも上司には恵まれた。そこは例の社長がいる出版社の子会社で、物販の会社だった。時計やライター、雑貨品を販売する会社だった。一応、オイラは広報という役割で入社した。そこでの上司は酒飲みのちょっといい加減な人だった。追い込まれないと仕事をしない。そのダメっぷりな人のスケジュール管理をすることが、後々に役立っている。その上司は仕事をすれば素晴らしいものに仕上げた。時間内にやりゃいいんだよ! という感じ。酔っぱらって電話ボックスの中で寝るような人だった。その人も通勤の沿線が同じ路線だったりするのが奇遇だ。酔っぱらいの介護もそこで覚えた。

そして、半年後、恐怖の人事異動。本当はとある編集部に空きができたから、そこの補充と言われていたのだが、移動した当日、お前の席は今日からここだ! と直々に社長から言われた。話が違う。そして、今日から会社の引っ越しをするから、よし、来い! という流れで昼飯であった。翌日から肉体労働の日々が始まるとは思ってもいなかったが、結構楽しい日々でもあった。本とか写真とか運んだことがある人はわかると思うが、本当に重たい。それを何千、何万という数を毎日毎日、都内某所から、某所まで運ぶ。さらには、本当に貴重な資料などもあったので、そういったものも慎重に運ぶ日々。

その社長はとにかく秘密主義な人だった。貴重な資料はとにかく他の社員には見せないし、会社とは別に資料室があって、そこは本当に宝の山だった。もう、マニアが見たら本当にヤバイものばかり。フライトジャケット、ジッポー、時計などなど、それはそれは、普通の人では見ることができないものだ。しかもどれも本物ばかり。とても貴重な体験だが、フライトジャケットなどは、戦争で着たものだし呪われているんじゃないかとか、ジッポーにしたって、当時ベトナムジッポーというのが流行っていて、そんなのがゴロゴロある。それも戦火の中から残ったもの。呪われていてもおかしくはない。そんなことを離しながら先輩と整理したりの毎日。だから、オールドルアーとかも、怨念が詰まっているものもあると思いますよ。

では、なぜそんなミリタリーなものがたくさんあったのかというと、社長さん、ミリタリー大好きだったのです。というか、もともとは軍事カメラマンだったのです。写真集も出してました。それは資料を整理しているときに見せてもらって知ったのですけど…… ベトナム戦争に取材に行っていたのです。そんなこともあって、我々兵隊社員は社長の歩調号令にしたがって
社内を行進することもしばしば。足が揃ってないと叱られました。そんなこと会社でしたことある人は、本当に少ないと思われます。これも貴重な体験としておきましょう。

会社という組織に属している人は多いと思いますが、基本的に仕事は嫌なものです。だから、人間に恵まれていないという人はアンラッキーです。たまたまオイラは人に恵まれた。だから、いまもこうして仕事をしていられるのでしょう。エイ出版社に入り、釣りの仕事に携わり、つまらないときもあった。けど、オイラに楽しく仕事をさせてくれたのが、いまお付き合いのあるルアービルダーの皆さんだったり、このトップウォーター業界の人たちだった。だから、トップ堂は全身全霊を向けて取り組まなければならないプロジェクトだったのである。だから、トップ堂は釣り方よりも、魚よりも、釣り人に焦点を当てた構成となっている。そう、個性豊かな釣り人たちを多くの人に知ってもらいたいから。彼らが何を考えて生きているのか? 何を考えて物を作り出しているのか? そんな釣りに携わる人間をクローズアップした雑誌を作りたかったのだ。魚とはしゃべれないし、道具ともしゃべれない、唯一、言葉というコミュニケーションを使えるのが釣りに携わる人間だけだから……

2008年7月12日 (土)

あいほーん

オラはmacユーザーなので、iPhoneが発売された本日(正確には昨日)は、猛ダッシュでソフトバンクショップ(?)へと向かうこともなく、平然とやり過ごしたのである。なぜなら、ケータイはドコモを愛用しているから、iPhoneには目もくれていない。ちなみにiPodすら持っていない。モバイルにはかなり疎いのである。

ところで、トップ堂の中でオイラの肩書きがナゼ店長となっているのか? 知っていますか? それは随分と月日を遡る。その昔、バスワールド編集部に所属していたときのことだ。オイラはその当時からトップウォーター系の取材を任されていた。で、その当時からルアービルダーたちとはボチボチとお付き合いをさせてもらっていたのである。そんなある日、誰だか覚えてはいないのだが、個人のルアービルダーにとって、出版社というのはとてつもない怖い存在だと耳にしたのだ。それは多くのビルダーが思っていたらしく、オイラとしては意外だった。

いまでこそ、個人ビルダーとはいえ、そこそこに名前が売れて、まぁ、当時よりは生活水準も高くなっているだろうと思われるが、当時はビンボーだったに違いないし、まだ若かった。若かったということは世間知らずでもある。それだけに駆け出しのビルダーにとって、出版社という存在は怖かったのかもしれない。たとえば、駆け出しなので名前を売りたいわけだ。あわよくば誌面で紹介してもらおうとルアーが送られて来たりする。駆け出しのビルダーにとってはドキドキものらしい。もし、送ったルアーをいらないとか送り返されたりとかしたら…… 誌面で紹介もされず、無視されたら…… などという恐怖があったらしいのだ。

そういうこともあって、オイラは編集長という肩書きは作らなかった。そして、雑誌のコンセプトもトップ堂という釣具店という位置づけにしたのである。なので、オイラは店長なのだ。釣具店の店長なら、編集長よりも親しみがあるし、それほど怖いイメージもない。普通だったら、エラそうな肩書きを好んで使いたがるだろうが、オイラは全然エラくなんかなりたくなかった(金持ちにはなりたいよ)。会社という組織に属していると、エラくなればなるほど、面倒くさい仕事が増えるからだ。たとえば編集長だけが集まって会議をするとか、新卒者の面接をするとか、個人的にはそんなことには興味はなかった。1人で編集作業をしているのは会社ではオイラだけだった。会議も面接も時間のムダだと考えていた。仕事がすべてストップしてしまうからだ。部下がいれば、業務が完全に止まるということはない。しかし、オイラだけは完璧に止まる。ムダに長い会議にはイライラばかり募っていた。ちなみにトップ堂では編集会議ということをしたことがないのです。当たり前か……

昔、バスワールド編集部にルアーが送られて来たなかで、奇跡的なことがある。それは、あのフルサイズの大橋くんが駆け出しの頃、わざわざルアーを送って来たことがあった。当時、フルサイズなんて誰も知らない時代だ。送られて来たのはブンブン丸だった。当時としては随分と斬新なダブルスイッシャーだった(いまでも斬新だと思うけど…)。塗りもキレイだし、素晴らしいルアーであった。でも、いまは年に1度か2度くらいのリリースしかされていない様子。残念である。大橋くんにはあの当時の気持ちを蘇らせてほしいと願うばかりだ。

さて、話は変わるがそろそろ表紙シルエットクイズの時期がやってきました。一応、すでにレイアウトは完成しているのですが、まだ会社のお偉いさんのチェックを受けていないので自主規制。おそらく変わる可能性はないと思われるが、来週からコメントを受け付ける予定。現状のままオッケーが出ると、すごく難解なクイズになると思うので、今回は豪華なルアーを賞品として出しちゃいますYO(オールイン/オカヤン風)。なぜか? 多分当たらないと思っているからです。それでは、またお付き合いください。

2008年7月10日 (木)

なぜ、アナタの管?

連日の長文にお付き合いお疲れ様です。さて、最近というか、少し前から気になって、気になって、気になって仕方がないことがあります。それは何かと言うとだ。ブログにユーチューブの動画のリンクを貼付けることである。いつから、そういう風潮になり始めたのでしょうか? 誰かがやるとみんな始めるのがニッポン人なのかな? まぁ、いいや。

締め切りが迫ると活字を書く頻度が高くなる。正確にはキーボードで活字を打ち込むであるが…… その昔、オイラが雑誌の仕事に携わり始めた頃は、パソコンなんて便利なものはなく、ワープロが最先端だった。ちなみに当時はキーボードを使うことが苦手で、オイラは手書きで原稿を書いていたのである。

しかし、仕事量が増えたり、長い原稿を書くようになり、手書きではムリという感じになって、ワープロを覚えたのである。ワープロで打ち込んだ原稿を写植屋さんに持ち込み、版下というものを作ってもらう。おそらく、ここ10年、もしくは5年くらいのキャリアの編集者は版下というものを見たことがないでしょう。ちなみに誌面レイアウトもいまでこそパソコンでできてしまうが、当時は切り貼りと言って、写真を専用のコピー機でコピーして、ああでもない、こうでもないと、付けたり剥がしたりが自在にできるゴムノリを使用して、レイアウトしていたのだ。いま思うとゾッとする。

写植屋さんの機械にもいろいろなものがあった。電算と言われる、まぁ、パソコンに近いもので、フロッピーを入れると自動的に文字を作り出してくれるものだったり、手動という、これはまさに人間が数千と言う数の文字の中から、原稿と同じ文字を探し出し打ち込むというこのだ。この手動の写植というのは、オペレーターはまさに職人。なぜなら、打ち込む文字は印鑑と同じなので鏡像反転したものなのだ。それが数千という数あるのだ。そんなものをバシバシと打ち込んで行く姿を見ると、感動ものである。まさに神業だ。

昔の雑誌作りはそういった職人的な部分の作業が多かった。それだけに技術職という感じもあったのだが、いまは、まったく違う。正直、誰でもできることだと思う。体力さえあれば誰でもできる。そう、編集者には資格が必要ないのだ。一応、売れる雑誌や本を作るためにはナイスなアイデアが必要。そして、センスも必要。さらには、オンリーワンの特技というのも大切なのかもしれない。誰もができる分野ではなく、自分にしかできない分野を持つということが必要だと教わったことがある。

ちなみにトップ堂はトップウォーターのバス釣り雑誌としては市場を独占している。つい先日、「バスと釣り人。」という雑誌が創刊されたが、正直、もうちょっとオイラのケツに火が点くような内容であって欲しかった(一応、A-Bat Factoryとして広告を出しているので、言っちゃいました)。このままだとトップ堂は独占禁止法に引っかかってしまう(ウソ)。ちなみにトップ堂は創刊以来、わざとダサく(?)、ラフに(?)、まとまりなく(?)作っている。エイ出版社の雑誌をいろいろ見たことがある人も多いと思うが、とてもキレイだ。当時は目指したのは、そんな会社の枠に当てはまらないアンダーグラウンドなイメージの雑誌だった。水面の釣りなのにね。

夏でもおでん

夏なのにおでんを夜食に食べています。どうやら、セブンイレブンのおでんに洗脳されているようです。先月末から朝方人間だったオイラですが、いつの間にやら夜型人間になってしまいました。そして、同時にトレーニングさぼっています。英会話の勉強おおいにさぼっています。仕事もボチボチしか進んでいません。ダメダメですね。

かれこれ、雑誌の編集という仕事に携わって15年くらいになりますかね。最初は某グッズ系の有名な雑誌を出版している会社に所属していました。まだ、とても若かったオイラはそこで多くのことを学びました。出版社に勤めていながらも、雑誌作り以外のこともたくさんやっていました。そして、なぜか社長の数少ない家来(奴隷と言った方正しいかも)でもありました。社長がいるときは毎日怒られていました。正直、怖かった。でも、おもしろかった。

約15年という月日を振り返っても、雑誌作りという仕事においては、いまだにその社長よりすごい人を見たことがありません。出会ったことがありません。毎日のように怒られていましたが、いまだに尊敬していますし、わずか3年少々の付き人生活でしたが、とても感謝しています。そして、オイラがトップ堂を立ち上げたときに、その会社の先輩に挨拶代わりに雑誌を送りました。先輩は社長にオイラが編集長となって作り上げたトップ堂を見せたそうです。社長はとても喜んでいたと聞きました。それを聞きとてもうれしかった。当時は毎日バカだ、チョンだ言われ続けていた社長が喜んでくれた。編集者として最も尊敬する人間を喜ばせることができた。感無量です。

しかし、その社長には10年以上会っていない。一度だけ、エイ出版社を辞めて1年くらい経ってから、会ってみようと思い東京某所にあるその会社へと足を運んでみた。幸運なことに社長は取材で留守だった。もう、60歳を過ぎたはずの社長がいまだに取材に出ているのだ。驚きである。従業員が200名ほどいる会社の社長が取材である。頭が下がる思いだ。ちなみに留守が幸運だったというのは、やはり会うのは怖かったりもしたからだ。

ちなみに、その社長は出版業界では結構有名で、とてもワンマン。白いものでもオレが黒と言えば黒になると言うほど。いまでも忘れない名ゼリフは……「天皇陛下と電話していても、オレから電話がかかってきたら、天皇陛下の電話を切ってでも、オレの電話に出ろ」だ。

2008年7月 9日 (水)

出た!

今年も毎年恒例のヤツが出た! そう、ヤツとはゴキブリである。もう2匹ほどやっつけた。集合住宅の1階に住んでいると仕方がないのだが、まぁ、今年も上手いこと共存していこうと考えている。

さて、唐突ですが、オイラはもう2年半以上も前にエイ出版社を退職している。意外と知らない人もいると思うので、改めて発表しておきます。それでも、トップ堂を続けているエイ出版社は実におおらかな会社なのかもしれない。そして、会社を辞めた人間に丸ごと1冊仕事を任せているのだから、誰がどう見ても円満退社なのである。

まぁ、おそらくいまの予算でトップ堂という雑誌を作ることはとても至難の業で、個人的にはオイラにしかできないと勝手に思っている。その理由はトップ堂を立ち上げるときに決めていた基本的な約束があるからだ。それはプロのフリーランスのカメラマンさんに仕事をお願いしないってことだ。要するに1人で取材に行き、写真を撮るということ。そうすることで、交通費や滞在費、そしてギャラが抑えられるからである。で、自分で写真を撮影するためにはそれなりの機材を揃えなくてはいけない。当時はサラリーマンでありながら、カメラやレンズだ購入するのに100万円以上費やしたのかもしれない。当然、経費ではなく自腹。そこまでやったのだから、トップ堂という雑誌は誰がナント言おうとも、自分自身が一番大好きなのである。まぁ、他にもいろいろ雑誌を維持するための裏話はあるのだが、それはまたの機会にするとして……

で、昨年くらいから会社を辞めたときに考えていた映像制作に取りかかる。ご存知の人もいるとは思いますが、A-Bat Factoryという個人プロダクションを立ち上げた。ようやく作品を2つばかり作り終え、次なる作品の制作に取りかかっているというのが現状。ちなみに、最近のトップ堂ムービーもオイラがすべて撮影しています。では、なぜ映像なのか? 自分でもよくわからないのであるが、やってみると意外に上手く撮れているような気がしたんですね。それで人生を棒に振るかもしれないと思いつつ、やっているのです。写真も映像も学校で勉強したことはありませんが、何となく好きなのですよ。だから、自分では中途半端だと思っているのですが、やっています。だから、いい写真だねと褒められると凄くうれしいし、映像に関してもいいシーンだねと言われると凄くうれしいのです。逆に貶されると、頭に来るのです(たまに反省もします)。まぁ、そのへんはみんな同じでしょうが……

とにかく、いまはトップ堂の締めきりやら、映像の制作やらで猫の手は借りたくないが、人手は欲しい。あぁ、オイラと一緒に人生を棒に振ってもいいというひといないかなぁ、と思う今日この頃

2008年7月 6日 (日)

梅雨明けたの?

は〜い、もう7月になってしましたね。7月になっても取材とか行っているダメなオイラです。7月に雑誌が発売されるのに、7月に取材に行っているということは、計画性がないってことですね。もしくは、前号が終わってから、仕事怠けている証拠でもあったりします。さて、そんなつい先日の取材ですが、雨降る確率70%とかだったのに、雨降らず。ほぼピーカン。ところで、ピーカンって誰が最初に口にしたのでしょうか? んで、もって、翌日こそ雨が降るかと思ったら、これまたピーカン。せっかく万全の雨対策をしていたのに…… お陰でキレイな写真を撮ることができました。本当に取材では久々のピーカンでした。お陰で足の甲からヒザのちょっと上、それから、手のひらから上腕二頭筋のあたり、さらには顔から首にかけて、かなり黒くなりました。んで、取材に出ているとすっかり世間知らずになっていたりするんで、四国は梅雨が明けたという情報は入ったのですが、関東も明けたのですか? 暑いってイヤですね。