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2006年12月28日 (木)

今年もお世話になりました

62号の編集もあらかた終り、今日で今年の仕事も一段落しました。厳しいと言われ続ける釣り業界の一角で、とにもかくにも無事一年を乗り切れたことを喜ぶと共に、この場を借りて皆様にお礼申し上げます。

次号の内容は、近海のゲームに的を絞り、ブリ、タチウオ、サワラ、シーバス、マダイといったターゲットを取り上げています。巻頭グラビアはコラムオブウォーター・新春スペシャルということで北村秀行氏のタチウオジギングを6ページ。以下、鳥羽、七類、明石、青森、舞鶴、東京湾から近海のゲームをレポート。中でも今号の目玉は、陸奥湾で流行している青森スタイルのマダイゲームです。

これはスプーンの後にアオイソメを付けて釣る方法で、純粋なルアーフィッシングではありませんが、関東、関西の多くの読者から記事にしてほしいとの要望が多かったものです。なぜスプーンなのか、エサを付けなかったら釣れないのかなど、数々の疑問に対して詳しい解説がなされています。スプーン単体でのゲームを考えている人にも参考になると思いますのでぜひご覧ください。

もちろん、近海ネタだけではありません。後半のビッグゲームのページでは、佐藤偉知郎氏のクロマグロに対する想いを描いた「東北クロマグロ最前線」を始め、ニューカレドニアとバリのGTゲーム、鈴木文雄さんの海道釣紀、児島玲子さんのアイラブフィッシングとロマンあふれる記事を連発。読者投稿ページも充実しています。こちらもお楽しみに。

年末年始は全国的に寒くなりそうです。釣りを計画している方、家族で初詣を予定している方、防寒対策をしっかりしてお出かけください。本当に一年間ありがとうございました。では良いお年を。

2006年12月20日 (水)

いよいよ年の瀬が近づいてきましたが、みなさん、年末年始の準備は進んでますか?ぼくは今年もあわただしい毎日となりそうです。まあ、師も走る師走ですから、ぼくみたいな木っ端編集者はくたばるまで走るしかありません。

それにしても、クリスマスはいまいましいですね~。だって、ぼくなんてこの時期クリスマスどころじゃありません。七面鳥の丸焼きもなければケーキもないし、ましてや素敵な女性とのディナーが待っているわけでもありません。ただひたすら、デスクにかじりついて原稿とニラメッコするのみです。古いオヤジギャグで言うところの「クルシミマス」ってやつですね(笑)。

なのに、世の中は残酷です。いくらぼくが忙しくても、子供たちの夢を壊すわけにはいきません。だから、クリスマスプレゼントだとかそれなりのごちそうだとか、出るものはちゃ~んと出て行きます。

まったく、クリスマスだのバレンタインデーだの、西洋の行事はいまいましいったらありゃしない。ぼくなんて、このふたつはいつも「蚊帳の外」状態ですから、街でカップルが幸せそうにしているのを見ては「みんなこんな時だけキリスト教徒になりやがって、鎖国政策はどうしたんだ」とひがみ、かく言う自分はこんな時だけ仏教徒になってしまうのでした。

ま、でも、さすがにこの年になると、余計な期待をしなくてすむ分?、気楽な気分で西洋の行事を楽しむことができます。24日の食事をどこで取るかはわかりませんが、編集が一段落ついていたら、家族と一緒に1日キリスト教徒になるつもりです。

2006年12月17日 (日)

思ひ出話

早朝のウォーキング、ちょっとはまってます。一昨日は会社の前から用賀の住宅地を通り、駅をぐるりと回り込むように、約40分間歩きました。直線ではないので距離は不明ですが、3~4kmは歩いているのではないでしょうか?ついでに駅前のジョナサンでホットサンドモーニング450円也を食べてから、デスクに戻りました。

で、感じるのは、やっぱり寒くないんですよね~。12月も半分過ぎているというのに、最高気温が10℃を超えるほど暖かい。なんでもこの日は、河口湖でも10℃を上回ったそうですし、ニュースによれば、西暦2040年には地球温暖化の影響で南極の氷が融けてしまうという研究報告もあるようです。ほんとにそんなことになったら大変です。河口湖なんて、僕が中学生のころは毎年結氷した覚えがありますが、最近では5年に1回くらいしか凍らないのでは?間違ってたらすいませんが。

河口湖で思い出しましたが、僕は若いころの一時期、毎年の年末年始を先輩たちと一緒に本栖湖キャンプで過ごしていたのですが、その寒さといったら今思い出してもすさまじい物がありました。本栖湖は富士五湖の中でももっとも奥にあるのですが、真冬の気温はマイナス5℃や10℃は当たり前。そこに富士山から吹き降ろす風が加わるのですから、寒いなんてもんじゃありません。

どのくらい寒いか? たとえばキャンプサイトでの夕方、「ちょっと乾杯しようか」といってビールの栓を抜くでしょ、それを一気にすべてのグラスに注いでしまわないと、あっという間にシャーベット状になってしまって飲めなくなってしまう。もちろん、何もしないうちに凍っていることもありました。

それじゃあ焼肉でも食うか、なんて言って肉を焼くでしょ、それを皿にとったらすぐに食べてしまわないとダメ。もったいぶって食べていると、あっという間に肉が白く固まってしまうんです。

それならもっと火力を強くして、冷めないようにすればいいじゃん、と思うかもしれませんが、あのあたりまで行くと空気も薄くて、バーナー(当時はコールマンの2バーナーが主流でした)をずっとポンピングし続けていないと火力が維持できないんです。

そこで、「食事はパパッと済ませて寝るか」ってなことになるわけですが、テントの中で、下にマットを2枚敷いて、寝袋も2枚重ねしてもまだ寒い。重ねた防寒具の上から「冷え」が伝わってくるのがわかるんです。そんな寒さでも、3年ほど続けてキャンプをしました。

何故そこまでして本栖湖にこだわったのかというと、巨大なブラウントラウトを釣りたかったからです。冬の空気と同じくらい澄み切った本栖湖の水の中をモンスターブラウンが悠然と泳ぐのを見てしまうと、寒さも我慢できたんです。

実際にはこのブラウンは宝くじ並みに低い確率でしか釣れなくて、しかもルアーでもフライでも、一投するごとにロッドのガイドがすべて凍ってしまう。当然、指先なんて糸も結べないほどかじかんでしまう。でも僕たちにとっては季節の風物詩というか、独特の気分がありました。だけど南極の氷が融けるほど温暖化が進んでしまったら、トラウトゲームの味わいもだいぶ変わってしまうんでしょうね。

というわけで、今日は冬にちなんで思い出話に浸ってしまいました。昼飯と関係なくてごめん!

2006年12月12日 (火)

早朝ウォーキング

今朝は6時に起きて、早朝ウォーキングをしてきました。枻出版社の前から環八を北上して砧公園まで行き、高速道路下の歩道橋を経由してUターン。今度は反対の歩道を南へ歩き、会社の前の歩道橋を渡って再び下り車線側へ。そのまま瀬田の交差点まで歩いて戻ってきました。

これで距離はおよそ2㎞。適度な歩行に歩道橋の上り下りもプラスして、結構な運動になります。なにより、朝のキーンと澄んだ空気の中を歩くのは気持ちがいいですね。今日はたまたま会社に宿泊?したのでこういうことになったのですが、機会があればまたやりたいと思います。

ボクはもともとオカッパリの釣りが好きで、渓流でも湖でも海でも、釣れる、釣れないは別にして、岸辺を歩くのが大好きです。車や船ならあっという間に通り過ぎてしまう景色でも、歩く速度で見てみると、いろんなことがわかります。それが楽しいんです。

今日歩いたコースでは、環八沿いに立っている1本の木をしげしげと眺めてしまいました。それは、おそらく樹齢ン十年という柳の木なんですが、舗装された敷地の中で、その木が生えている場所だけ地面が残してあるんです。きっと、その木を切るのが忍びなくて、地主さんが残しているんでしょうね。

で、ボクは「ああ、この木は何十年もここで環八の通りを見続けているんだなあ」などと思ってしまう。まだアスファルトの道路になる前、ここはどんな景色だったんだろう・・・とか、この柳の木の下で休んだり、日射しをしのいだりした人は何人いるんだろう・・・とか、もしかしたらこの木は、幽霊さえも住まわせていたんじゃないか・・・とか、そんなことを考える。

まあ、それはヒマな男のどうでもいい妄想なんですが、この木がこの場所でじっと動かずに世田谷の年月を見てきたことはまぎれもない事実。ここで何が起きたかを、この木はみんな知っているんです。そう考えると、なにげなく道端に生えている木を見る目も変わってきませんか? 

環八は今日も朝から渋滞しています。100年前はどうだったのかな? もしも木がしゃべれるなら、聞いてみたいですね。

2006年12月10日 (日)

自分温暖化?

朝晩の気温がめっきり下がり、ようやく冬らしくなってきた今日この頃ですが、今年の冬は本当に寒くなってくれるのでしょうか。というのも、暑がりの僕は、12月になっても電車の中や会社で汗をぬぐう毎日。あまり寒いという実感がないんです。地球温暖化が叫ばれる昨今ですが、僕の場合は「自分温暖化」が進んでいるのかもしれません。

だけど、僕が暑がりであることを差し引いても、昨今の地球は暑いと思いませんか? 僕は東京都下で生まれ育って40ン年がたちますが、ここ数年、芯から寒いと感じることが少なくなったように思います。寒いことは寒いんですが、どこか「昔はこんなもんじゃなかったぞ」的な違和感があるんです。

具体的に言うと、まず第一に霜柱やつららを見ることがなくなりました。子供のころは当たり前にあって、通学路の途中でザクザクと踏んだり、ポキポキと折ったりするのが楽しかったものですが、最近ではまず見ることができません。

それから、朝、屋外の水道が凍って使えないということもしばらく経験していませんし、バケツの水がキンキンに凍っているのも見た記憶がありません。車のフロントガラスだって昔は毎朝必ず結氷したし、家の中でも吐く息が白いなんてことがざらにあった。それが今はないんです。

まあ、霜柱が立たないのは土の地面が少なくなったせいもあるだろうし、水道が凍らないのは水道局の人たちが努力しているからかもしれないけれど、それにしたって「昔はこんなもんじゃなかった」んです。あかぎれで手がバリバリにひび割れている子って、今でもいるのでしょうか? 鼻をたらして遊んでいる子って、まだいるのでしょうか?

気温だけでなく、水温も同じように上昇しています。釣りをしていると実感しますが、従来ならその時期に釣れるはずの魚が釣れなかったり、逆に「ここにこんな魚がいるはずがない」という魚が釣れたり、あるいは魚の分布域がどんどん北に伸びて行ったりという話を、あちこちで耳にします。海流や海水温も、年々変化しているのでしょう。

こうした変化が目に見えてわかるというのは結構ヤバイことです。だって、病気で言えば、すでに自覚症状が出ている段階なわけですから。寒いのは嫌ですが、地球が不健康になっていくのはもっと嫌。冬が当たり前に寒くて、霜柱やつららが普通に見られる、そんな時代に戻さないとマズイんじゃないでしょうか。とりとめもなくそんなことを思う今日この頃です。

2006年12月 7日 (木)

三重県ブリ疑惑?

先日、三重県の鳥羽沖に取材に行ってきました。このところライトゲームでご紹介することが多かった鳥羽ですが、12月ともなればブリを抜きには語れません。もともと10㎏台の大型が出ることで知られていましたが、昨年は20㎏級の怪物が上がったのですから、期待するなっていうほうが無理というものです。

ところが・・・

皆さんもご存知の通り? ボクは三重県でブリを見たことがないんです。何度も何度も取材に訪れているのですが、ボクの乗った船ではブリはおろか、ワラサすら釣れたためしがないのです。名付けて「三重県ブリ疑惑」。三重県に本当にブリがいるのか、ただ単にボクが疫病神なだけなのか、今年こそこの目で確かめたいと思い、深夜の高速を飛ばしました。

それにしても、ボクが初めて鳥羽沖を取材したのは2003年の1月。思い起こせばもう3年もここに通っているわけで、あの時イナダだった若魚も立派なブリに育っているはず。そろそろボクにも、三重のブリを拝む資格があるのでは・・・と、密かに期待していたのです。

ところで、鳥羽~志摩にかけてはおいしい海の幸を食べさせてくれるところが多いのですが、今回はまたひとつ、いい宿を知りました。それは某船長が紹介してくれた丸文さんという旅館なんですが、ここがすごい。さすがに地元の船長が勧めるだけあって、イセエビをはじめアワビだサザエだカンパチだ・・・と食べ切れないほどの魚介類をいただいて、最後は名物のウニ飯で締め。とても贅沢な夕食でした。

場所はちょっとわかりにくいのですが、石鏡の港からパールロードを南下し、「国崎(くざきと読みます)入り口」の標識を右に折れて山道を5分ほど下ります。ひなびた港があり、その脇に丸文さんが建っているので、すぐにわかると思います。今回は松阪のクラブ・フィールドスパークの皆さんと一緒に宿泊しましたが、こういう旅館を利用して、クラブで一泊のツアーを組むのもいいものだと思いました。

なになに? それで三重県ブリ疑惑は3年ぶりに解消されたのか、はたまた4年目に突入したのかって? 結論から言うと、今回もボクは振られてしまったのですが、代わりにいい魚が釣れました。詳しくは1月発売のソルトワールドをご覧ください。

2006年12月 5日 (火)

イカ寿司!

青森・第15朝日丸の円子紀之船長が、今年もイカ寿司を送ってくれた。

円子船長は、数年前に尻屋崎のジギングを取材したときにお世話になった船長さん。息子さんと二人で取材船に乗っていただき、サクラマス、アイナメ、ソイ、ホッケと、北のジギングをガイドしてくださった(本誌34号のグラビアおよびパックロッド釣行記参照)。それが縁で、毎年下北の海の幸を送っていただくようになり、僕のほうも心ばかりの御礼をする、そんな関係が続いているのだ。

船長が送ってくれるものは生イカ、スルメ、ホタテなど、どれをとっても絶品なのだが、その中でも僕が特にはまっているのが「イカ寿司」である。

Pc050063_1 イカ寿司は下北地方の名物であり、こっちでいう「イカの寿司」ではない。簡単に言うと、小ぶりのイカの胴体の中にゲソや生姜、野菜などを詰めて、甘酢に漬けたものである。野菜は入れたり入れなかったり、また、入れる野菜もさまざまで、家庭ごとにいろいろなバリエーションがあるそうだ。

僕は船長から送っていただくまでこのイカ寿司を食べたことがなかったのだが、一度食べて病み付きになり、今ではすっかり楽しみにしている。円子船長のお宅で作るイカ寿司はゲソと刻んだ生姜を詰めてあるが、イカの身が柔らかく、生姜の味がピリッと効いて、しみじみとしたいい味を出している。普段はビールやウィスキーを飲むことが多い僕だが、これを食べるときは、日本酒で一口づつ味わいながら食べるのがいい。

しかし、これが、たとえばすぐになくなってしまったら僕は悲しいのだが、船長は毎年たくさん送ってくれる上、日持ちがするので、大事に食べれば正月まで持たせる?こともできる。まあ、実際にはその前に食べきってしまうのだが、これからしばらく、僕には晩酌の楽しみが続くのである。う~ん幸せです。

船長と奥さん、ご家族の手作りの逸品、寒い下北半島から届く暖かいおすそ分けは、僕にとって冬の一番のご馳走です。自分がお返しするほどのものを持ち合わせていないのは残念ですが、ことしも有難く食べさせていただきます。