vol.001 大雪山・高根ヶ原/北海道 ~7月に登った思い出の山~個別記事ページ


vol.001 背筋に冷や汗、クマの足跡に怯えつつ
大雪山・高根ヶ原/北海道

文・写真:宮川 哲 Text & Photos by Tetsu Miyakawa


 

宮川 哲

これは北海道で初めての縦走登山をしたときのこと。あまりに自然が雄大なので、気持ちがどんどん小さくなって、ヒグマの足跡にも恐怖を感じていました。また行くぞ~!

音がした。それは、なにか固い物を強い力でへし折るようなひどく乾いた音であった。それにつづいて、ものをこまかく砕く音が聞こえてきた……。
頭のなかで、ある小説の一節が強烈に繰り返されていた。グリグリ、ゴリゴリと聞こえるはずのない音がこだましている。背筋に冷たい汗がツゥーッと流れ落ちたようにも感じる。恐怖という感覚よりも、もっと深い部分での焦り。生命が脅かされる。

冒頭のくだりは、吉村昭の『羆嵐』に描写された「羆が骨をかみくだいている音」である。大正4年、三毛別六線沢での熊害事件をテーマにした本であるが、この事件では開拓民7名が生きながらに噛殺されている。大雪山を歩くにあたって、ついつい携行したのがこの本だった。
北海道の山にはヒグマがいる。いや、むしろここは彼らのエリアであり、その山に人間が分け入っているといったほうが正しい。だからそれなりの準備や心構えは持っていたはずだった。クマ鈴を鳴らし、『森のクマさん』なんかを口ずさんで、意気揚々と歩いていた。ただ、不意に出会った「足跡」に驚愕してしまったのだ。
天気は悪く、7月だというのにもう4日間も雨のなか。北海道には梅雨はないはずだろうと、恨めしく思いつつも、朝霧に煙る高根ヶ原をそれなりに楽しんでいた。歩いてしか来ることのできない場所、そこにいることの高揚感、そして空気感。このすべてがまさしく、大雪山の魅力を表現していた。

そして出会ったのである。木道が途切れ、足元が泥土になった場所で。不意に足を下ろすと、そこには右後方から左前方へと斜めに横切るように真新しい足跡があった。爪の先から踵の長さだけでも、自分の26.5㎝のローバーよりもあきらかに大きく、左右幅となれば恐怖を感じざるを得ない。大きさは30㎝オーバーくらいだったと思う。その足跡の持ち主の体のサイズを考えるのは、苦痛に近いものがあった。
足が竦む。グリグリ、ゴリゴリが響いたのはこのときだ。ヒグマのほうも怖いのだろう、結果的には出会わずに済んだが、そのときの恐怖たるやである。大声を張り上げながら歩いた。白雲岳の避難小屋までの道のりがやたらと長かったのを思い出す。

北海道の山を歩くというのは、まさにこういうことなのだ。その自然を形づくっているのは、岩や花だけではない。そこに棲まう主の陰に怯えつつ歩く。ワイルドさというべきか、奥深さというべきか、これが大雪山歩きを病み付きにする理由なのだと思う。  このピリピリする生命感を、ぜひとも味わってほしい。

 

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1)御鉢平越しに北海岳の稜線を望む。右上に点々としているのが歩いている人。そのスケールの大きさたるや、大雪山らしいでしょ。

【MAP】

JR函館本線旭川駅→バス約45分→旭岳温泉旭岳駅→ロープウェイ約12分→姿見駅

※この記事はPEAKS 2010年7月号 No.8に掲載されたものを再編集したものです。

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