ライトニング・セカンド最新号

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    2010年度エイ・スタイルカレンダー

2006年12月27日 (水)

真っ赤な○○○。

Ando 「真っ赤」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのはおニャン子クラブの不朽の名曲「真っ赤な自転車」である。世代的に、「真っ赤に燃えた~太陽だから~真夏の海は~恋の季節なの~♪」と歌っていた美空ひばりより、「彼の背中~頬を付けて~ドキドキが聞こえちゃうわ~♪」とヤギの断末魔みたいな声を出していた新田恵利のほうがしっくりくる。その次に脳裏をよぎるのは小泉今日子の「真っ赤な女の子」、その次は「毛沢東」、その次は……とまぁそれはいいとして、写真を見て欲しい。

「真っ赤な登山靴」である。私、普段から「安藤製靴」(http://www.ando-shoe.com/)の真っ黒な登山靴「クラシコ」を日常履きとして愛用しているんですが、社長の安藤さんに頼んで特別に真っ赤なレザーで作ってもらっちゃいました。もうだいぶ履きこんじゃったのでちょっと汚れてますが、美しい出来栄えでしょ。安藤製靴といえば、数多の登山家から愛されている登山靴のトップメーカー。あの三浦雄一郎さんもココで靴をオーダーしているというほど、その技術は折り紙つきなのです。この特注クラシコ、真っ赤なレザーを纏って洒落てはいるものの、伝統的なノルウェイジャン製法できちんと作られており、その機能は登山靴そのもの。ライダースと合わせると、かなりロックな感じになるにもかかわらず、登山にも使えちゃう。例えばおすぎ村に「今日飲みに行きましょうよ」と誘われても「わりぃ、今日これから山に登るんだよ、だってそこに山があるから」なんてカッコいいことが言えちゃうわけです。タマキに「小川さん、今日の撮影、代官山ですよ」と言われても「そんな低い山、興味ねぇよ。谷川岳にしようぜ」などと言えてしまうのです。超クール。でも私、コイツを履いてまだ山に登ったことがないんです……。

最後にヘヴィデューティ格言・その12

「青山は山じゃない」

2006年12月24日 (日)

屈強なウォレットを作った。

Photo_725 ご無沙汰しております。モヒカン小川です。私事で恐縮ですが、この度財布を新調いたしました。『アメリカン・ノスタルジア』(111日発売予定)の撮影で、長野のフラットヘッドに泊り込んでいた時のこと。それまで使っていた財布があまりにも壊れちゃっていたので、何の気なしに「新しい財布探してるんですよね」とついポロっとこぼしてしまったことに端を発します。「うちにも財布のラインナップありますよ」と小林社長。「いいっすね」と私。「いやいや、どうせだったらオーダーメイドでモヒカンスペシャル作りましょうよ」「いいっすね」「いま、最高のコードバン入ってますよ」「いいっすね」「42タロンのデッドストックもありますよ」「いいっすね」「とにかく丈夫なの作りますよ」「いいっすね」「領収書入れも大きめに作りましょうよ」「いいっすね」……とまぁトントン拍子で完成したのがこちら。仕様の詳細はライトニング2月号のp115を見ていただくとして、とにかく丈夫で使いやすい。ヘヴィデューティ好きの私としては「壊れるポイントが限りなく少ない」モノが大前提。その点、コイツは合格点。しいて言えば小銭入れ部分のジッパーかな。ただ、ジッパーなしの差込式のタイプも選べるのですが、使い勝手を優先して、ここだけはジッパーにしちゃった、42タロンも魅力だったし。で、せっかく財布も新調したし、あとはコイツにいれるお金だけ。なので年末ジャンボもちゃんと買いました。連番10枚、バラ20枚の計30枚。効果があるのか知らんけど、有楽町のチャンスセンターで並んで買ってきました。ちなみに私、毎年買ってるのにまったく当たったことがない。おそらく「3億あたったら何買おうかな」とか「貯金しても金利で食えないから、金利の高い海外に口座作ろうか」とか「ハマーのH1ほしい」とか私利私欲にまみれた邪念があるから、宝くじが当たらないのではないか、そう考えた私は、邪念を振り払いつつ高邁な志をもって宝くじをゲットしました。これで多分当たる、と思う。

最後にヘヴィデューティ格言・その11

「宝くじが当たったら、全額寄付する」

2006年9月 1日 (金)

モヒカンは進化する。

1_111酔った勢いでモヒカンにしてしまったのが昨年初頭。あれから約1年半、私とてただ漫然とモヒカン頭にしていたわけではない。少しずつ少しずつマイナーチェンジを繰り返し、現在に至っている。写真を見てほしい。これがモヒカンにチャレンジした直後の写真。幅は約5センチで、長さ もボサボサ。歌舞伎役者みたいである。あの頃、取材先でよく「音楽やってるんですか?」と聞かれた。「ロック? それともパンク?」どちらも大ハズレ。私が愛してやまないのは「フォーク」です。余談ですが、高校時代、エレキに走る友人たちを横目に、ヤマハのアコギを買い、C、F、G、AmEmを覚え(コレだけ覚えれば、フォークは大体弾けます)、コードストローク、アルペジオ、スリーフィンガーを日々練習してた私。チョーキングなんて知りません。友人たちがボン・ジョビやエアロスミスを練習する間に私は長渕剛の「夏祭り」を爪弾いてました。文化祭のときに「おまえもなんか弾けよ!」と友人に言われ「我が良き友よ」(下駄を鳴らしてヤツが来る~♪ってやつね)を熱唱し、その場の空気が瞬間的に冷えていったのが今でもトラウマになってます。でもやっぱり私はウッドストックよりもフォークジャンボリー、フジロックより嬬恋を愛しているので「ロックやってるんですか?」と聞かれ、黙っておけばいいものを「俺フォークが好きなんですよ、高田渡なんかいいですよね」って答えちゃう。すると見る見るうちに相手の表情が曇っていくんですよね。悪いことしてないのに何だか心が痛い。そんなことが度重なったので、「音楽っぽくないモヒカン」にしてみたのが今年に入ってから。

2_118チェンジ後がこの写真。幅を狭くシャープにし、長さを思いっきり短くしてみました。どうです、ミュージシャンぽくないでしょ? フライトジャケットも、短いモヒカンとは相性バツグン。ティアドロップのサングラスも似合うようになりました(でもM-65を着るのはちょっと恥ずかしくなったけど)。さっぱりすっきりしてて、自分でも気に入ってるんですが、ここで新たな問題が。最近よく「格闘技やってるんですか?」って聞かれるんです。……やってねぇよ!

最後にヘヴィデューティ格言・その10

「格闘技のかわりに、最近囲碁はじめました」

2006年8月26日 (土)

朝まで生●●●

いま、酒を呑みつつ「朝まで生テレビ」を見ながらこのブログを書いている。本日の「朝生」のテーマは『戦後日本の終わりとナショナリズム』。私的には大好物のテーマなので、思わず見てしまう。でも毎度のことながら、みな好き勝手な発言を繰り返し、結論にたどり着きそうにない。私の友人の多くは、この番組が嫌いらしい。理由は「議論が建設的ではないから」。もっともです。でも私はこの番組が大好き。だって、60歳を過ぎた人々が、夜を徹して思ってることを言い合うんですよ、顔に油を浮かせながら。このガッツ、見習いたい。

そういえば松島親方がハーレーをカスタムする際、『朝まで生カスタム議論』が編集部で勃発したのでありました。参加者は松島親方、私・モヒ小川、ラーメン小池、バーチャル竹内。ライトニング編集部の30代、トニセンたちです。もちろん、みんな好きなカスタムはバラバラ。ラーメン小池:「やっぱりさ、ライトニングなんだからチョッパーでしょ、ハンドルはエイプね」。バーチャル竹内:「ボバースタイルも悪くないよね」。小川:「俺は旧車スタイルがいいな」。ラーメン:「わかってないな、あのハンドル『変なおじさん』じゃん」。小川:「わかってないのは小池さんですよ。あれがクールなんですよ」。松島親方:「シートはコレがいいんだけど……」。小池「ダメだよ、コレ。温泉街のマッサージチェアじゃねぇんだから。『湯けむりシート』はダメだろ」……。延々朝まで、この不毛な平行線の議論は朝まで続いたのでした……。俺たち、捨てたもんじゃない。

最後にヘヴィデューティ格言・その9

言いたいことを、力強く言えばいい

2006年8月25日 (金)

OH MY JEEP!

愛車、三菱ジープ J26Hが車検の時期を迎えました。わがジープは1ナンバー登録なので、毎年車検なのでありますね。ちなみに愛車J26Hってどんなクルマかというと、ハードトップ、メタルドアを採用した2400ccのガソリン車(ベンコラ仕様)。30系とは違いショートホイールベースで無骨な感じが気に入ってます。私、カメラ機材をクルマに積むので、セキュリティ上の問題で幌車ではなく屋根付き・ドア付きを購入したわけです。購入したのは、現在ロシアの四駆・UAZを輸入販売しているイワモトモータース。

でもこの毎年8月にやってくる車検がちょっとした楽しみ。なんでかっていうと……エアコン付きの代車が来るから。イワモトさんのとこで車検に出すのですが、去年の代車はローバーのセダンでした。暖気はいらないわ、オートマだわ、パワステだわ、エアコン付きで涼しいわで、私にとって一年に一度のささやかな贅沢なのです。

で、今年J59_1の車検。「代車は何だろう……?」とチョー楽しみ。「代車はきっとエアコン付きだから、嫁を乗せてやろう。ジープに乗せると生意気にも『アツい』とか文句たれるからな」なんて考えながら、クルマを出しに行った私。甘かった。「代車どれですか?」「コレ」「え?」「J59」「……」。エアコンどころか、ドアないじゃん。ジープの代車がジープっていうのは当然といえば当然だけど……愛車よりも確実にスパルタン。嫁、乗ってくれるのか? キンキンに冷えた車内から、道行く汗だくの人を眺めたいという俺のささやかな夢が……消えた。でもね、乗ってみると開放感があってホント楽しい。あまりに楽しいんで新人タマキを誘ってお台場までドライブに行っちゃった。「タマキ、せっかくドアがないんだから左足出せよ。RUNのオープニングで長渕アニキはそうやってたぞ、ランララランランラン~♪」「小川さん、チョー気持ちいいっすね!」。バカ2人です。車検があがるまで、あと数日。J59を楽しみつくす所存です。

追伸:今日の朝、駐車場に置いてある代車ジープの中で、猫が寝てました。

最後にヘヴィデューティ格言・その8

「ドアはあったほうがいい……かもしれない」

ハーレーに跨る前に人生変わりそう。

Photo_473 免許もないのにハーレーを買ってしまった私。

事の発端はハーレースタイルブックの取材で福岡のGEEモーターサイクルに行ったときに遡る。店頭に置いてあった、スパルタン過ぎずストイック過ぎず、普段の足にも使えそうなゆる~いライトカスタムのFXDWGに恋をした。「バイクを買えば、ちゃんと教習所に通うにちがいない」。そう確信した私は、衝動的に「買います」って言っちゃった。

バイクをフェリーで送ってもらい、有明にある東京フェリーターミナルで受け取ることに。でも受け取ったところで、免許のない私はそこからどうすることもできない。乗って帰ることもムリ。というわけで陸送屋さんを頼んだわけ。悲劇はそこから始まったのでした……。トラックにラダーをかけてハーレーを積み込もうとしたところ、ハラを擦ってしまい、どうしても積み込めない。そう、私の購入したFXDWG、けっこう車高を落としていたんです。で、よせばいいのに陸送屋のお兄さんに「俺、ラダー持ち上げますよ」なんて軽く言いながら持ち上げた瞬間、私の腰が「ぐきっ」と鳴りました。もう動けませんでした。あれから2週間。歩けるようにはなったものの、まだ腰に痛みが残ってます。ぎっくり腰がこんなにツライと思わなかった……。腰があまりに痛いので、まだハーレーに跨ってもいません。ハーレー買ったら教習所に通うんじゃないか?→ハーレーを買う→念願のハーレーが届いた→ぎっくり腰になった→教習所に通えない→ハーレーにまだ乗れない。何やってんだ、俺。

最後にヘヴィデューティ格言・その7

「物事には順序ってモノがある」

2006年7月28日 (金)

夏バテです……

最初にヘヴィデューティ格言・その6

「体調が悪くても、更新は欠かさない」。

パッチを作っちゃった。

バーチャル竹内と沖縄取材に行った時のこと。コザにある「玉橋刺しゅう店」でワークシャツに刺しゅうを入れてもらった(というか、自身のワークシャツに刺しゅうを入れてもらってニンマリしている竹内を撮影した)。ラーメン小池がデザインしたV8エンジンをモチーフにした刺しゅうをオーダーしてたんだよね(詳しくはライトニング9月号の169ページを見てね)。最初は何気なく撮影してたんだけど、よくよく見るとすごくカッコいい。ニンマリしている竹内がうらやましく……やがて憎くなってきた。で、自分でも何かオーダーしたくなっちゃったというわけ。

ベースとなるジャケットやシャツがなかったので、パッチに挑戦。大きさは、よく見かけるスコードロン・パッチと大体同じ直径11センチくらいの円形。色は、日の丸の「赤」とサムライブルーの「青」を基調としてみました。そして中央には私の顔。コレ、サイン代わりにメモの片隅によく書いてる顔です。テーマは「日出る俺」。きちんと準備したデPhoto_394 ザインがなかったので、とっさに自分の顔にしちゃいました。唯一気を付けたのが「MOHICAN」のスペル。朝っぱらだったのですが、わざわざその場でウチのカミさんに電話して「モシモシ、モヒカンのスペル教えて」「MOHICANですけどそれがなにか?」。即答できた我が妻、惚れ直した。まぁそんなこんなで出来上がったのが写真のパッチなのです。

とりあえずバンソンの胸に置いてみてニンマリ。M-65に付けたらタクシードライバーでしょ。今回作ったのは1枚だけだけど、20枚くらいオーダーしようと思ってます。おすぎ村に「量産したら1枚あげるよ」って言ったら「いらない」と言われちまった。自分だけのパッチって初めてだったけど、けっこうイイもんですよ。いろんなモンに貼って、パッチカスタムしようと思ってる今日この頃です。

最後にヘヴィデューティ格言・その5

「自分のパッチくらい、作っておけ」。

2006年7月17日 (月)

ケータイ、あるいは愛のはなし。

愛用のケータイが逝った。享年18ヶ月。たしかに最近どうも調子が良くなく、いきなり再起動してみたり、液晶表示がおかしくなったりしてたんだけど、まだまだ使えると思っていた俺が甘かった……。別離は突然やってきた。最後の通話を再現してみると

俺「おうタマキ、明日から沖縄で撮影だからフィルム用意しといて。コダックE100G60本とプロビア400F40本ね」

新人タマキ「わかりました。すぐに用意しときます」

俺「よろしく。じゃ」

以上。この何の変哲もないツマラナイ通話を最後に、俺のケータイは起動しなくなったのでありました。こんなことだったら「タマキ、迷わず行けよ、行けばわかるさ」とか「タマキ、次の銃声が止んだら300m一気に駆け抜けるんだ」とか「すごい……完全なタマキの抜け殻なんてはじめて……」くらいの気の利いた会話をしとけばよかった。

結局、その日は新しいケータイを買いに行くヒマがなく、ケータイレスのまま沖縄取材に突入。まぁ余計な電話がかかってこないのですごく気楽なんですが、こっちから電話がかけられないのでかなり不便。データもすべて吹っ飛んだので、電話番号もわかりません。自分の生活が、いかにケータイに頼っていたかを痛感したのでありました。

思い起こせば、自分の学生時代にはケータイはありませんでした。いまでこそ待ち合わせは「夜の8時くらいに渋谷あたりで。とりあえず着いたら電話するよ」みたいな感じですが、昔はそんなことしてたら永遠に出会えないので「8時にモヤイ。以上」と約束には張り詰めた緊張感が漂っていました。大学1年生の冬、当時付き合い始めたばかりの彼女と巣鴨で待ち合わせをした時のこと。雪の中3時間待っても彼女は来ませんでした。その晩、彼女に電話して

俺「ふざけんじゃねぇよ雪ん中待たせやがって。笠地蔵じゃねぇんだよ

彼女「ゴメン、体調が悪くて大学の医務室で寝てた」

俺「大丈夫?」

彼女「もう大丈夫。ホントにゴメンね」

俺「いいよ。俺も言い過ぎた……」

そして2人の愛は深まったのでした。

本年度入社の新人タテノに「お前、いつからケータイ持ってた?」と聞くと「中学時代かPhoto_361らケータイありましたよ」との答え。アイツに愛を深める資格はない。

ちなみに沖縄取材の最終日にNEWケータイをゲットしました。ボーダフォン904SH。なんとナビ付き。なんだかんだ言いつつ、やっぱ便利なんだよなぁ。

最後にヘヴィデューティ格言・その4

「ケータイはいきなり壊れる。気を付けろ」

2006年4月29日 (土)

風邪をひいた

発端は、あの分厚いライトニング5月号を作っていた時にさかのぼる。お世話になっているデザイナーのA氏と、「この号が終わって楽になったら、明るいうちから蕎麦屋で飲みたいね」と話していた。で先日、やっとそれが実現したのだった……

その日、1700に浅草・雷門前で待ち合わせをした。

A氏オススメの蕎麦屋に向かう。外がまだ明るいことに満足しながら、板わさと焼き海苔を肴にとりあえず瓶ビールを飲む。

蕎麦屋に長居は粋ではないので、それぞれ仕上げに盛りを1枚喰って、早々に立ち去る。

江戸時代から続く老舗「駒形どぜう」に向かう。鯉の洗いやどぜうの柳川を肴に日本酒をたらふく飲む。鬼平気分に浸って大満足する。

店がカンバンになったので、中華料理屋に移り、餃子と麻婆豆腐を肴に焼酎を飲む。A氏にモヒカンの髪形について非難される。

朝になっちゃったのでタクシーで帰宅。そのままパンツ一枚で布団に入らず寝る。

その日の夜、本誌特集の打ち合わせのため、拓ロックとおすぎ村と高円寺の沖縄料理屋で飲む。とりあえずオリオンで乾杯。

そのうちおすぎ村が寝た。

拓ロックも寝た。

ひとりぼっちのハブラシ。隣のテーブルの人と盛り上がる。

閉店時刻になっても2匹は起きないので、仕方ないので飲み代を払う。

2匹を起こし、店を出る。ふと体に悪寒が走った

2軒めに行くにあたり、高円寺在住の編集部員、ノムラ監督を呼び出す。

夜中の1時過ぎなのにメイクばっちりでノム監登場。悪寒が増す

睡眠たっぷりで元気に復活したおすぎ村と拓ロックにむかつく俺。眠気と寒気がひどくなってきた

酒を飲み続けることができず、帰ることを決意。

おすぎ村に「小川さんも弱くなりましたね」と言われ殺意を抱くが、今日のところは生かしといてやることにする。

タクシーで帰宅。そのままパンツ一枚で布団に入らず寝る。

翌朝、熱が出た

最後にヘヴィデューティ格言・その3

「布団に入って寝よう」

モヒカン酋長小川


  • 編集部では最年長組(トニセン)の金閣を担うのは寂しがり屋のスキンヘッド改めモヒカン酋長に改名されたこの男。酔った勢いでモヒカン刈りに挑戦し、ブリーチ剤を塗ったまま寝てしまったという朝起きて金髪モヒカンができあがったというウソのようなホントの話。本誌では主にレザージャケット、ミリタリーなどが守備範囲。ちなみにブーツしか履かない孤高のジープ乗りという副編集長である。