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2013年1月26日 (土)

Vol.595 1月26日 RIDERS CLUB 3月号発売

Rc_mar_2013_1 巻頭はライテクQ&A。
チャンピオンマシン、
YZR-M1の詳細写真も満載デス。

ボクの担当は35周年
(RIDERS CLUBと同い年!)
Rc_mar_2013_3 を迎えたヤマハSRが
デビューするまでのいきさつや、
イズタニとの問答は
Rc_mar_2013_2 カフェレーサーの歴史。
まだまだ寒くて乗れてないアナタに、
春まで夢を育む
アブナイ物欲企画もあります!


Photo_3






facebookで色々な方々とやりとりしていると
バイク談義だけでなく、
思春期を迎えたお子さんたちとの悩みなど
身につまされるハナシも多々あって
自分が10代の頃を思い出したりもします。
高校生でバイクのレースに身を投じている
仲間なんぞいるワケもない当時、
アルバイトでサラリーマン以上の稼ぎが必要で
家も飛びだしひとり悶々とするコトが多かった……
将来が不安で「何でこんなコトしてんだろう」と
膝を抱えて泣いてた夜もありました。
ラッキーなことにココロが病むまでに至らなかったけど、
思い出すといわゆる鬱病といわれる崖っぷちに
何度も立たされてたんでしょうネ。
人と違う人生を歩もうとすると、
頭の中には「夢を追う」勢いがあっても、
日々の暮らしにはリアリティしかなくて
挫折感や孤独感ばかりに苛まれてしまいがち。
そんなとき、親は無力ですネ。
助けてやりたくても、自分のチカラで切り開かなきゃ
いちばん大事な自立に向かって歩けません……
せめて一瞬の気休めを与えるくらいしか
親にはできませんが、
そこも判断が難しいと思います。
どの方法がイイとか正論さえあり得ない、
ひたすら祈ってやるしかできないと
子どもを持つ身になってつくづく思い知らされました。
なんてハナシが行き交うのも
facebookのような
コミュニケーション・ツールのおかげ。
デジタルにはネガティブな部分もありますが、
悩むのは自分だけではないという
勇気をもらえる共有機能のポジティブさは
この時代ならではでしょう。

2013年1月 8日 (火)

Vol.594 1月8日 今年も宜しくお願い致します。

相変わらずの慌ただしさに追われ
いつの間にかもう1週間も過ぎてます。
遅くなりましたが、あらためまして
新年明けましておめでとうございます。

Photo_5 facebookのメッセージ欄に、
ボクのヘルメットは
いつからこのカラーリングなのか、
そんなご質問があったので
小誌やココでも以前にお見せしてますが、
画像アップしておきます(クリックで拡大できます)
ご覧のオワン型(いわゆる半キャップ)
クロムウェルからなので、
43年間ほど変わっちゃいません。
この前が赤に縦白ストライプ。
20歳のとき富士スピードウェイの
30°バンクで瀕死の重傷を負ったアト、
復帰する際に心機一転を期して
明るい未来をイメージしたブルーにしました。
ゴールドのテープが巻いてあるのは
オワン型メットだと
インナーのコルクやハンモック、
それに顎紐を含めた革製の耳あてなどを
帽体に太めの糸で縫い合わせていて、
その糸が帽体の表面で擦れないよう
塗装と同色のビニールテープで保護してました。
このグルグル巻きテープを色づかいに利用して
ゴールド色をみつけてきて使ったというワケです。
僅か3年後にフルフェイスになったんですが、
この青・白・金をそのまま流用して現在に至ってます。

そうそう真ん中にKAWASAKIの
アルミプレートが貼ってあるのは、
カワサキ系チームに所属してたからで
マッハlllとかのタンクにあるロゴと同じです。
上のフラッグはいわゆる社旗で、
機関車や電車とかの鉄道車両には
その昔どこかにエンブレムが貼ってありました。
でも当時バイクは川崎重工業グループの
川崎航空機に属していて、新幹線や戦車とか
バカでっかい船など製造する会社とは別で、
飛行機好きなボクにはそれも自慢だったかナ。

1970_a1r 写真はライムグリーンになってからの
('60年代はクリームとキャンディ・ワインレッド)
つまりは1970年、鈴鹿サーキットで
A-1R(250cc)の
レース・スタート前の「輪乗り」。。。
「輪乗り」ったって、何のコトやらでしょうが
昔はスタート前にサイティング・ラップ、
あの下見を兼ねたウォームアップ・ランがありません。
スターティング・グリッドでエンジンを停止し、
ギヤをローやセカンドに入れておき
一斉に押し掛けスタート。
なので、その前にグランドスタンド前の直線で
両側にパイロンを立てそこを左回りに半クラッチとか使って
往復しながらウォーミング・アップしてました。
そのときの画像というコトで、まだゴーグルかけてません。
既にレース歴4年の22歳、
そもそもビビリーのくせにレースしたいなんて
内心まるで向いてないのにと自覚しつつ
でも徐々に人並みに走れそうとも思える、
そんな時期でしたネ。
この年、全日本ジュニア・チャンピオンを
ヤマハに乗る糟野雅治と競っていて
結局は彼がタイトルを獲得、ボクは2位でした。
その彼と2年後にプライベート・チームを組み、
3年後に全日本チャンプまで辿り着けるなど
想像もしてなかった頃だナァ……。

根本健

  • 1948年東京生まれ。小学生から鉄道に飛行機と、オタク街道まっしぐらだったのがナゼかバイクの道へ。ロードレースに憧れ'73年全日本チャンピオン。'75~'78年に世界GPにチャレンジ。帰国後ライダースクラブ編集長となり28年間雑誌づくり人生。最近はビンテージバイクにもハマり、レースやツーリングに楽しみを広げている。

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