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2011年8月 6日 (土)

Vol.542 8月6日 ギャリー・ニクソン、天に召される……

Gnixon 10月のデイトナを前に
仲間たちの今年の成績をチェック、
そんな気持ちでAHRMA
(米国ビンテージバイクレース連盟)
の新しくなったHPを覗いたら、
News欄コーナーにGary Nixonが8月5日
ボルチモア(メリーランド)で死去
と報じられてるのを発見……何だとー!!
7月24日のラグナセカU.S.GP観戦中に
異常を感じてメリーランドへ帰りすぐさま入院、
集中治療室に入ったものの7月29日に心臓発作を起し
合併症から帰らぬ人となった由。

一瞬の驚き、直後からの茫然とした時間……
何だよ〜、オヤジもうデイトナに行っても会えないのかよ〜
自分の身の回りを剥ぎ取られていくような痛みが走る。

Garyken_4

70歳、まだ若い、というか2年前までは
AHRMAでデイトナも走っていたし、
ボクが2001年からグッツィV7Sportでチャレンジを
はじめたときの目標は、ギャリーの駆るCB750フォア。
あのときギャリーは60歳だったんだ……
親友マーク・マックグリューのチューンするM3レーシング
CR750レプリカもバカッ速かったけど、
果敢にコーナーへ突っ込んでいくギャリーの走りには
万が一にも転倒などあり得ないという重みがあったっけ。
「次も走れるように走らなきゃダメだ」
ゼッケン9といえば、荒くれカワサキ・ライダーだったはず、
なのに、たまに転倒するボクをたしなめる
意外なほど好々爺になっていたギャリー。

1966年、富士スピードウエイの日本GPで
前座レースのジュニア250ccに、ヤマハTD2を駆って
カワサキのA1Rに乗る金谷秀夫選手とデッドヒート、
見事優勝したのがボクがギャリーを見た最初だった。
白いセパレートの革ツナギは赤と青の☆マーク、
編み上げブーツとシールド付きのジェットヘルという
ダートトラック・レーサーのスタイルは、
世界GPの舞台ヨーロッパばかり見ていた
ボクを含めた当時のバイク好きには
「ロードレースを舐めんなヨ!」なんてバカにされてた。
バイク雑誌も『宇宙人ルック』みたいな書き方だったもの。
でもリーンウイズのまま、初めてのコースを豪快に攻め
アメリカン・ライダーのワイルドな強さをみせつけてた。

AHRMAのパドックでギャリーにこの話をしたら、
その後ギャリーが誰かと昔話に興じていると
「Ken、宇宙人の話コイツに聞かせてやってくれ」って
声をかけられるようになっちまった。
そんなこんなで、2年前からパドックに来るだけになった
レジェンドは必ずボクを見つけては挨拶しに来る。
今もゼッケン9のTシャツをテーブル出してサイン付きで
売ってたりする、庶民的っていうのか
イイ調子っていうのか、とにかく皆に愛されてた……

そういえばこの春、Facebookで友達リクエストが
ギャリーからあったのにはビックリ!
フ〜ン、PC使いこなしてんだァ、なんて感心したっけ。

このとてつもない寂しさは、
ギャリーがボクの心に
少なからず大きな位置を占めてたからなんだろうナ。
安らかに、ギャリー。
教えられたように、次のレースも走れるレースをするヨ。
そしてレースじゃ抜けなかったけど、
AHRMAでギャリーの歳を抜いて走り続けられるよう
頑張ってみせるからナ。

根本健

  • 1948年東京生まれ。小学生から鉄道に飛行機と、オタク街道まっしぐらだったのがナゼかバイクの道へ。ロードレースに憧れ'73年全日本チャンピオン。'75~'78年に世界GPにチャレンジ。帰国後ライダースクラブ編集長となり28年間雑誌づくり人生。最近はビンテージバイクにもハマり、レースやツーリングに楽しみを広げている。

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