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2009年9月24日 (木)

Vol.467 9月24日 NRは凄かった……その3

Nr750eg '79年の英国GPで
片山敬済とM.グラント両選手の
ライディングでデビューしたNR500…
まだようやく走れる状態に
漕ぎ着けたばかりだったため、
リタイヤという惨憺たる結果でした。
しかもカウルがボディという
モノコック・シャシー構想で
初の倒立フォーク等々、
あまりにチャレンジ要素が多く
(前回の冒頭画像をクリックしてご覧ください)
レースどころではなかったのですが、
以来コンベンショナルなフレームとなったり
あのF.スペンサーがライディングするなど
徐々に2スト勢に肉迫していったものの、
勝てないシーズンが続く中、
遂にHRCは2ストGPマシンの開発を決定、
NRは表舞台からその姿を消していました。

'86年、ボクは当時HRC監督だった
尾熊洋一さんからの電話を受けたのです。
「話したいコトがある、他言無用…」
いつものぶっきらほうな言い方で、
とにかくHRCへ来いという話に
出かけたその日、
迎え入れられた応接室の片隅に
白いベールを被ったマシンが置かれてました。
「まずは見てから、話はそれから…」
とベールを剥ぐと現れたのは
お馴染みのV4ワークスマシンRVF750…
と思いきや、良く見ると
ツインチューブフレームの一部が切り取られ
エンジンのヘッドカバーが
露出しているじゃありませんか。
『シリンダー幅がワイドってことは…』
一瞬、頭の中がグルグル状態になったボクに
「NRです、デイトナのフォーミュラクラスを
狙って試作したけれどAMAのレギュレーションが
変わって出られなくなった。
NRはレースのためだけに開発してたんじゃない、
それを立証するためにそろそろ市販化への
メドをつけたい……そこでル・マン24時間へ
参戦しようかと考えた。
但しワークスライダーではなく
バイク雑誌のジャーナリストライダーに
乗ってもらい市販化を前提にした
プロジェクトだとアピールしたい」
尾熊監督からそう説明を受けました。
「その1人、日本代表としてやってみません?」
ビックリ、唖然としました。
続いてきた身震い、前代未聞のお誘いに
もちろんふたつ返事というか、
何と言ったか正直覚えていません。
「但し、出来るか否かマシンが立証されるまで
というか来春エントリー発表をするまで、
他言無用、絶対に秘密です」
会社に戻っても誰にも言えない時間が
その日から8ヶ月も続いたのです。

でもそんな悩みを吹き飛ばしたのが
オーバルピストンの信じ難いポテンシャルでした。
その後の鈴鹿でのシェイクダウンで
初めて知ったまさに異次元の
パワー特性とは……

根本健

  • 1948年東京生まれ。小学生から鉄道に飛行機と、オタク街道まっしぐらだったのがナゼかバイクの道へ。ロードレースに憧れ'73年全日本チャンピオン。'75~'78年に世界GPにチャレンジ。帰国後ライダースクラブ編集長となり28年間雑誌づくり人生。最近はビンテージバイクにもハマり、レースやツーリングに楽しみを広げている。

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