Vol.425 4月12日 つい懐かしくて
画像を整理していたら
こんなのを見つけちまいました。
1966年型ヤマハTD-1C……
生まれて初めて乗ったレーシングマシンです。
当時は中目黒にあったバイク屋のチーム、
東京サンダース(カミナリ族って堂々と名づけてたなんて)
で皆が出し合ったお金で2台購入、
富士スピードウエイで交替で乗る練習会があって
最年少だったボクも遂に乗る機会をもらいました。
でもイザ走りだしたら、
ピットロードから本コースへ出ても
全開で走り続けるなんて経験なかったので、
たぶん3速か4速でスロットルを開けたり閉めたり。
いきなり目の前に現れた30°バンクに怖れをなし
次のS字へ差しかかっても
一体どこを走っているやら皆目分からない状態でした。
途中で傍らを猛烈な風圧の対向車のような速度差で
抜いていったマシン+ライダーに肝を冷やしたっけ。
あんな命知らずなコトはボクには無理……。
長いストレートが見えていま最終コーナーであることを知ると、
迷わずピットロードへ向かい皆が待つピット前で停車。
「何だ、まだ1周しかしてないのに」
と笑われながらマシンを降りようとしても
両足がガクガク震えて力が入らない……。
帰り道、最年少は幌をかぶせたトラックの荷台で
後方へ流れてく景色をボンヤリ眺めながら
ショックで茫然としていたのを今も覚えてます。
当時250ccのレーシングマシンというと、
いまのリッターバイクのスーパーバイクってトコロ。
パワーがありすぎてそれだけで怖かったんですネ。
で、50ccのブリヂストン製スポーツにキットパーツを組み込み
それでクラブマンレースにデビュー。
でもロータリーバルブを逆に組んだため、
エンジン始動できずじまいでスタートすらできませんでした。
それが全日本チャンピオンになって世界GP走るなんて、
当時、夢は叶うと信じつつも、内心できっこないって思ってました。













