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2007年3月 9日 (金)

Vol.364 3月9日 日本時間…に戻りました。

オーランドからノースウエスト機に飛び乗り
デトロイト経由で昨日の夕方に帰国、
慌ただしく編集者に戻り
気がついたら深夜というか早朝……
今回から日本時間でアップ(当たり前か)デス。

これから暫くデイトナ徒然をさせてくださいまし。
エ〜、何から始めようかというほど
ネタは豊富なんですが、
そうそう、まずはギャリー・ニクソン爺さんに会えた話から。
Photo_972 2日目の午前中の練習を終えた頃、
ふと見たガレージの向こう側に
ジェイやティムのチーム軍団がいて
ゼッケン9番をつけたミニバイクに跨がった
G.ニクソンを発見!
「居ないからレース引退かと思ったヨ、
何でエントリーしてないの?」
『チームのアドバイザーってクソみたいな
仕事やらされて、来ないとイカンので来た。
レース?引退したわけじゃない、コンディションの良い
ミッドオハイオとか走ろうって話もあって……』
「ボクよりずっと年上の貴方が走っている、
それを目標に頑張ろうって思って
AHRMA続けてきたんだから、順位なんか関係なく走ってヨ」
『だから、ミッドオハイオって言ってるだろ』
「ホントに出るんだったら知らせてよ、
ミッドオハイオに出るんだったらボクも考えるから」
彼は確か68歳で、もう69歳になったかナ。
この2〜3年でちょっと老け込んだ感じがしてたけど
昨年までのライディングを見るかぎり
鋭い攻めはないけれど依然として素晴らしかった。
それでも周囲が止めたのかナァ。
ナナハンやリッターバイクじゃ、もしものリスク大きいから
250とか昔バリバリに走ってたマシンに乗るってのは
無理なんだろうか……。
ボクがギャリーを初めて見たのは
1966年の富士スピードウェイ。
世界GPの前座レースで
ヤマハDS5ベースのTD2改を駆って
カワサキの新鋭A-1Rを駆る金谷秀夫選手と
歴史に残るデッドヒートしてた。
当時の日本は世界GPしか注目してなくて
ライダーといえばクロムウエルの半キャップヘルメットに
フォスパイクのゴーグル、
そして黒一色の革ツナギが正装だった。
そこへ白い革の上下に分かれたセパレート・ツナギに
大きく赤と青の星が入っていて
足もとは何と編み上げのシューズ、
ヘルメットはジェットタイプにスクリーンシールドと
「世界GPなめとんのか」
って言わせたカッコウで現れ
リーンウイズでコースレコードをマーク。
AMAのレースなんぞ知らなかったバイク雑誌には
「宇宙人の衣装」
なんて書かれてたっけ。

ボクは今回、いわゆる乗れてた状態。
750ccが手に負えないとは思わなかった。
でもいつか、このままじゃ一瞬の判断が鈍って
取り返しのつかないことになるかも……
そう予感する日がくるはず。
だから大先輩がどんな風にバイク・ライフを続けていくか、
気になって仕方ない。
ミッドオハイオ、AHRMAの皆が来いっていうから
Photo_979 ちょっと考えてみようかナ、
でも今年はまだ無理かも……
なんて早くも悩んでマス。
で、この記念撮影の右は
言わずと知れたジェイ・スプリングスティーン。
同じゼッケン9番で
ギャリーが彼の監督……って意味ない感じですよネェ。

根本健

  • 1948年東京生まれ。小学生から鉄道に飛行機と、オタク街道まっしぐらだったのがナゼかバイクの道へ。ロードレースに憧れ'73年全日本チャンピオン。'75~'78年に世界GPにチャレンジ。帰国後ライダースクラブ編集長となり28年間雑誌づくり人生。最近はビンテージバイクにもハマり、レースやツーリングに楽しみを広げている。

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