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2006年12月10日 (日)

Vol.343 12月10日 パハネッグさんの思い出

K100_1とくにきっかけがあったわけじゃないんですが、
そう、強いて挙げるなら
寒い季節の取材が多かったせいかナ……
ふとステファン・パハネッグさんという
BMWのエンジニアだった人のことを思い出してました。

彼はビーエムのK100シリーズ開発のプロジェクトリーダーでした。
'70年代に日本車が大型バイクに進出して以来、
王者だった英国勢が次々と倒産に追い込まれるなか
BMWでもバイク事業を存続させるか否かの論議があった由。
それというのも日本の4気筒エンジンに
パワー競争で敵わないだけでなく、
迫りつつあった排気ガス規制への対応が
空冷のボクサーツインでは益々非力になる一方で
1,000ccでも50psに届きそうにないという
悲観的な見通しだったようです。
当時はクルマ・メーカーとしてメジャーの座を獲得してましたが
そもそもの歴史がバイクからスタートしたメーカーだから、
やはり続けていこうということになりました。
ただ、同じやるなら将来的に排気ガス規制もクリアできて
ビーエムらしいアイデンティティを保つこと。
そこでまず空冷ボクサーツインを棄て
水冷4気筒を候補としてプジョーの乗用車用1000ccエンジンを
縦置きにマウントして先行テストを開始。
なぜ縦置きかというと、空冷ボクサーはやめても
ビーエム初のバイクR32以来のメリットである駆動系までを
エンジンと一体化した構成をキープしたかったとのこと。
イケると判断してから自社製の水冷DOHC4気筒を
フォーミュラカーのレーシングエンジン開発で名高かった
マーチン・プロブスト氏が担当、
4気筒のシリンダーを横に寝かせた独自の構成で
お得意のインジェクション技術を駆使した
新世代のバイクを完成させたというわけです。
このプロジェクトを引き受けたパハネッグ氏は
実はドイツ人ではなくオーストリア国籍。
プフという小さなメーカーのエンジニアから
スペインのメーカーを歩いた後
このK100プロジェクトの立役者に抜擢されたのです。
彼は何度も独占インタビューで誌面に登場してもらいましたが、
その将来を見通した「覚悟」の深さは今も忘れません。
ちょっと長くなりそうなので、続きはまた……。

根本健

  • 1948年東京生まれ。小学生から鉄道に飛行機と、オタク街道まっしぐらだったのがナゼかバイクの道へ。ロードレースに憧れ'73年全日本チャンピオン。'75~'78年に世界GPにチャレンジ。帰国後ライダースクラブ編集長となり28年間雑誌づくり人生。最近はビンテージバイクにもハマり、レースやツーリングに楽しみを広げている。

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