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2006年9月 1日 (金)

Vol.315 9月1日 ケントさん、ありがとう……

一昨日、GPを撮り続けている木引カメラマンの
スウェーデンからのメールで、
ケントさんが亡くなったのを知りました。
彼もストックホルムにいて前日の晩に亡くなったのを知ったとか……。
慌ててMoto GP.comを覗いたら
訃報がアップされていて、やっぱりホントーなんだと
徐々に思いはじめてます。

Kent3 ケント・アンダーソン、
正しくはKent Andersson。
ロードレース世界選手権(GP)の125ccクラスで
1973・1974年のワールドチャンピオン。
1944年8月1日生まれなので62歳……だったんですネ。
長身を折りたたむようにして
小さなヤマハ2気筒に潜り込む独得なフォームは忘れられません。
スウェーデンのイエテボリ近郊にあるランデベッターという
Kent1_1 小さな町の出身で、
ボクが世界GP参戦中に
夏の北欧転戦では
そのケントさんの家に遊びに行かせてもらってました。
家の近くの湖で生まれて初めて
Kent4_2 水上スキーを経験させてもらったっけ。
何年もかけて自宅をコツコツと仕上げていく
そのパワーにも脱帽だったナァ。


ボクだけでなく、片山敬済選手なんかは
まさしく彼に世界GP転戦のイロハを教えてもらった代表でしょう。
そういえば片山選手が乗った350ccの3気筒は
ケントさんが開発したマシン。
その後も色々なパーツメーカーのアドバイザーを務めた
そもそもクリエイティブな仕事がメシより好きな人でした。

ボクもケントさんから数えられないほど学んでます。
『今から食事に行くけど一緒にどう?』
「えーと、いま作業中だけど、どうしようかナァ……」
なんて、ちょっとでも躊躇していると
サッサと行ってしまう決断というか割り切りの早さは
最初はクールというより冷たく感じてました。
これが慣れてくると、
ケントさん独得の相手を尊重しての行動だってことがわかり
自立ってことを初めて具体的に学んだ覚えがあります。
Kent2 実は、めちゃくちゃ面倒見の良い人柄で、
ちょっとでもメゲてると
『問題点を教えてあげよう』と
ボクの甘さを瞬く間に指摘。
どこか周囲の環境や他人のせいにする未熟さを
ケントさんの前で何度も恥じてました。
20代だったボクの、ある意味先生だったと今も思ってます。
そういえばそれから10年以上も経って
ライダースクラブの行く末に迷ったとき
久しぶりにケントさんの家に遊びに行ったものの
ふたりのお嬢さんの屈託のない表情を見ているだけで
何を相談に来たのかなんてどーでも良くなり
そんなボクを見て何を言うでもなかったケントさん。
『雨が降ったら走らない』の記事を
その秋のライダースクラブに掲載させてもらいました。

で、2001年のグッツィV7 Sportで初参戦したデイトナの
車検場でケントさんとバッタリ再会。
毎年レジェンドが走るイベントに招かれたらしく
『あ、そう〜? クラシックレース、走ってるけどKenも走るんだ!』
という懐かしい言い回しのケントさんに
翌日痛恨のクラッシュで良いトコ見せられなかったナァ。
考えたらアレがケントさんと会えた最後になっちまったのか……。
もの凄く元気で、先週末もどこかでレースを走ってたらしいのです。
でも今は事情がわかりません。
あのタフで人懐っこいスーパー・ケントさんが
亡くなったなんて。
ケントさん、ありがとう。
それしか言えません。

根本健

  • 1948年東京生まれ。小学生から鉄道に飛行機と、オタク街道まっしぐらだったのがナゼかバイクの道へ。ロードレースに憧れ'73年全日本チャンピオン。'75~'78年に世界GPにチャレンジ。帰国後ライダースクラブ編集長となり28年間雑誌づくり人生。最近はビンテージバイクにもハマり、レースやツーリングに楽しみを広げている。

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