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2006年7月12日 (水)

Vol.303 7月12日 突然ですがRZ250 Part-1

ふとした思いつきでしかないんですが、
過去、試乗テストしたバイクで
感動したアレコレを書き綴ろう、
なんて、まさに気まぐれテーマの
はじまり、はじまり。

Rz250_1 てなわけで、その第1回は
'80年のヤマハRZ250。
40代以上なら、懐かしさで涙がとまらない?
は、きっと大袈裟じゃないと思います。
スポーツバイク最大の需要国アメリカが、
排気ガスの中にカーボンが混じっていて
森林の火災を引き起こすなんて
我が国では思いつかない理由で
2ストローク・エンジン排斥が始まったのは
'70年代の中盤のことでした。
もちろん煙を吐くことだけで
4スト・ビッグバイクのライダーから嫌われはじめていた現実もあって
それまでシンプルで軽量、しかもハイパワーなメリットはどこへやら。
それでも、そうした排気ガス規制をクリアしようと
2ストの大御所的存在だったヤマハは、
'60年代のYDS-1から始まり分離給油(昔は給油するガソリンにあらかじめオイルを混合していたものをオイルは専用タンクに収め、ポンプを使って吸入ポートに圧送する
画期的なシステム)を採用したYDS-3で獲得した王座を維持しようと、
RD250/350を経てRD400へと進化したものの
その牙を抜かれたパフォーマンスに
ファンは「2ストはもう終わったナ」と諦めに近い思いを抱いていました。

これを一気に払拭したのが、このRZ250。
'60年代に世界GPを席巻した2スト・テクノロジーが
レース・シーンをリードし続けていた現実に
ファンは目を覚まされたかのような興奮を覚えたのでした。
折りしもケニー・ロバーツの活躍に
注目が集まっていたこともあって、
世界中のファンが憧れのレーサーのレプリカに乗れるという
そんな夢が現実のものになる喜びに沸き返ってましたっけ。
では、どんなコンセプトとプロセスで
RZ250が誕生したのか、
当時は語れなかったストーリーをご紹介しましょう……。
というトコロで続きはCMの後で、じゃなくて明日か明後日にでも。

根本健

  • 1948年東京生まれ。小学生から鉄道に飛行機と、オタク街道まっしぐらだったのがナゼかバイクの道へ。ロードレースに憧れ'73年全日本チャンピオン。'75~'78年に世界GPにチャレンジ。帰国後ライダースクラブ編集長となり28年間雑誌づくり人生。最近はビンテージバイクにもハマり、レースやツーリングに楽しみを広げている。

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