面接つながりでもうひとネタ…。
ええと、左のヤツは、夏休みに自転車で日本一周してきた学生さん(イメージ)ではなくて、弊社のロングボード専門誌「NALU」所属のサノ君です。
このたび、カレが「NALU」の副編集長になったお祝いの会があって、ちょいと顔を出してきました。お祝いの品がカップラーメンなのね(笑、いや他にもいろいろもらってましたが)。
何でお前が顔出すんだとお思いでしょうが、単にお酒が飲みたかっただけ…でもあるんですが、中途採用の時に、ワタシが面接したんです。
いや、正確にはしたらしいんです…。
本当にいい加減で申し訳ないけれど、サノ君を面接した記憶がまるでない。
でも、その後仕事はもちろんしましたよ。
内輪ネタですが、元々「CLUB HARLEY」の編集部員は、全員「NALU」の編集部員でした。どういうことかというと、「NALU」は現在隔月刊ですが、ワタシが「NALU」の副編集長として在籍していたころは季刊(年4回ということです)で、その発行の合間に、自分らの興味のあるテーマで新しい本を出そうということになって、「CLUB HARLEY」にたどり着いたんですね。
だから、創刊から「CLUB HARLEY」が季刊になる2年間ぐらいは、並行して取材して編集していたわけです。
だけど、おかげさまで「CLUB HARLEY」が隔月、そして月刊になって、どうにもNALUと並行してはできないなぁ…ということで、編集部を二つに分けて、そこでNALUの編集長には、梅ちゃんというヒトデナシ(うそ、ゴメン! いや、半分ホント。同じヒトデナシだから許してね、ウフッ)が現編集長がなって、その下を支えていたのがサノ君でした。
それにして、サノ君、本当に仕事ができなかった(笑)。
でも、ワタシこそ「お前は仕事ができないなぁ。編集には向いてないなぁ」と言われ続けてここまできて、何とか本を出せるような立場になったので(今も毎回あやしいですけれど、爆)、サノ君の辛抱はいずれ花が咲いてくれればいいなぁ、とスゴイ遠い陰から、いつもは思ってないけど、たまに思ってました。
それは梅ちゃんも同じ気持ちだったと思うなぁ。何しろ実態として、すごくサノが頑張っていたからねぇ…。
でね、結局自分話かよ、と思われるかもしれないけれど、ワタシは本当に「編集に向いてない」と言われ続けてきた人間で、20代の後半なんか悩みまくりの時代でした。何しろ企画というものが作れない。作っても評価される確信がない。
でも、他の仕事をするにもツブシが利かんし、編集じゃなくてライターになるか…とか、ルノアールのココアよりも甘いことを考えていたんですなぁ、あの頃は。
それが、何とかモガイていると、とりあえずメシは食えるんだよなぁ。だけど、その辛抱って本当にツライし、それを楽しめるぐらいじゃないと、折れちゃう人もいっぱいみてきたから、サノは大丈夫かなと思ってたんですが、何だかこれでひと区切り打てたのかなぁ。
もちろん、これからこそ大事! というのは本人が一番わかっているから、ここでは何も申しますまい。
だから、センスとかよくいうけれど、ワタシは雑誌作りにおいては、それは一切信じていないんです。
ボブ・ディランが唄い、みうらじゅんが身上としている言葉知ってます?
「やらなきゃいけないことやるだけさ、だから上手くいくんだよ」
10年後にも、本を作っていたいと思っているワタシは、サノ君におめでとうを言いつつ、自戒を含めて、その言葉を思い出しておりました。
だけど、その後は酔っ払って、ダメダメでしたけどね…。